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意見表明(1998年-2010年)

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(須磨少年事件に関連して)株式会社文藝春秋に対する申入書

平成10年2月12日
東京都千代田区紀尾井町三-二三
株式会社 文藝春秋 御中

神戸市中央区橘通一丁目四番三号
神戸弁護士会
会長 間瀬 俊道

申入書

 貴社は、二月一〇日発売の文藝春秋三月号において、神戸小学生殺傷事件に関し神戸家庭裁判所において保護処分を受けた少年の検察官調書を七通入手したとして、そのほぼ全文を掲載し同誌を販売されましたが、以下に述べるとおり、右記事の掲載及び販売は国民の知る権利又は報道の自由に名を借りた暴挙としか考えられず、当会は貴社に対し、右掲載に対し抗議を行うとともに速やかに同誌を回収するよう強く求めるものです。

 貴社もご承知のとおり、少年法は、審判を非公開とし、また少年の特定可能な情報の報道を禁じています。これは少年のプライバシーを厚く保護して少年の更生及び社会復帰を期すためです。少年法は、環境的要因の大きい少年非行の特性そして少年特有の可塑性などに着目して、家庭裁判所に対し教育的福祉的機能を付与しましたが、それが充分に機能するためには審判の非公開等は不可欠の前提と考えられ、原則として何人に対してもこれの逸脱を禁止しているものです。

 このように少年法は、本来報道の自由を抑制しても少年のプライバシーや人権を保護しようとする趣旨によって制定されているものです。貴社の今回の調書掲載においては、この点の理解が欠如しているとしか考えられません。

 同誌の「編集部から」によれば「・・・少年法の精神に配慮しつつ、それよりもなお、言論の自由、国民の知る権利の価値を重くみたいと思う」と述べておられますが、この見解には到底承服できません。国民の知る権利は、憲法の基本原則の一つである国民主権と関係の深い権利であり、この国民主権の具体化として国民が有する参政権の適正な行使を支える権利として位置づけられております。従って、国民の知る権利は主として、国政に関する情報に向けられ、そうした知る権利に奉仕するものとして、報道の自由が位置づけられているのです。この度掲載された記事は、むしろ、私人、しかも、少年及び被害者の児童などに関する情報(プライバシー)であり、国民の知る権利や報道の自由を根拠として直ちには正当化できるような性質のものではありません。

 このプライバシーに関する権利は、憲法一三条(個人の尊厳、幸福追求権)等に根拠づけられる国民の最も基本的な権利の一つです。すなわち、この権利は国民全てが等しく享有する権利であり、例え、非行を侵した少年或いは刑事被告人であろうとこの権利の主体です。

 報道機関は表現の自由としての報道の自由を有しておりますが、決して無制限ではありません。他の憲法上の権利との調和の上でその行使が保障されているのであり、その不当な行使によって他の人権を侵害することまでを許容したものではありません。

 貴社は、正当化の根拠として事件の真相解明による犯罪抑止等を指摘されておられますが、あまりに抽象的であり、また、掲載された調書の公表が同種犯罪の抑止につながるとは到底考えられません。憲法は決してこのような抽象的な理由による基本的人権の侵害を是認することはないと考えます。

 今回の貴社の掲載・販売行為は、少年法の趣旨を逸脱するということだけではなく、少年あるいは被害者らのプライバシーという憲法上の基本的な権利をも侵害するものです。
 さらに、今回の記事は、事件によって痛ましい被害を受けた被害者及びその遺族らの心情には何ら配慮することなく、むしろ、これを蔑ろにするものであることをも特に指摘しておきます。
 被害者の方々が事件の真相を知りたいという思いを持たれることが当然だとしても、今回のごとく調書の公表などという方法によっては、具体的な殺傷状況などが一般大衆の目に哂されることになり、被害者らの心情をより一層深く傷つけることになり、極めて不当であるというほかありません。

 同誌上に検察官作成の供述調書を公表するという行為は、国民の司法に対する信頼に重大な悪影響を与えかねないものでもあります。少年事件のみならず成人の刑事事件においても、易々と供述調書が一般の目に哂されるということになれば、国民の司法に対する信頼が大きく揺らぐことは明らかです。本来、供述調書をそのまま外部の者に手渡す行為は守秘義務に違反し、刑罰をもって制裁される性質の行為です。今回、このような刑罰をもってその漏洩を禁じている調書をもとに、これをほぼそのまま公表した貴社の行為も刑事司法全般に対する信頼をそこなう非見識な行為というほかないと考えます。

 以上、今回の貴社の掲載・販売行為は、人権上もまた司法に対する信頼、特に少年審判手続に対する信頼を損なうものとして、到底許されない行為であり、当会としてもこれを看過できません。よって、当会としては、右の如く貴社に対する抗議の意を表明するとともに、速やかに同誌の回収に努めるよう申し入れるものです。