仙台地方裁判所・寺西和史判事補に対する懲戒処分決定に関する会長声明
1998年(平成10年)5月27日
神戸弁護士会 会長 小越 芳保
平成10年5月1日、仙台地方裁判所は同裁判所の寺西和史判事補に対し、裁判官分限法に基づき懲戒の申立をした。
右申立によれば、本年4月18日東京で開催されたいわゆる組織的犯罪対策三法案に反対する集会において、自ら仙台地方裁判所の裁判官であることを明らかにしたうえ、「集会でパネリストとして話すつもりだったが、地裁所長に『処分する』と言われた。法案に反対することは禁止されていないと思う。」旨の発言をしたことが、言外に右法案に反対する意思を明らかにして同法案に反対する運動を盛り上げたとし、このことは裁判所法52条1号にいう「積極的に政治運動をすること」に該当し、同法49条に定める職務上の業務に違反する行為であるとしている。
このような「積極的に政治運動をすること」を理由として裁判官に対し懲戒の申立がなされた例を知らない。
ところで、寺西判事補の同集会での発言内容が、法案に反対の意見を表明したかについては直接知るところではないが、仮に懲戒申立のとおり寺西判事補の発言が法案に反対する意見の表明だとしても、同法52条1号で禁止された「積極的政治活動」には該当しないものと言うべきである。
裁判官といえども憲法21条の言論・表現の自由は保証されており、国民の一人として、現に国会で審議中の法案について意見を表明することは、市民的自由の範囲内というべきであって、その率直な意見の表明を懲戒処分という形で封じようとすることは許されない。
裁判所法によれば禁じられている「積極的な政治活動」とは、国会・地方自治体の議員になるのと同レベルの政治運動のことをいい、単に政府や政党の政策を批判し、または法案に賛否の意見を表明することは、これに該当しない。最高裁判所事務総局作成の裁判所法遂条解説では、同法52条1項1号が禁止する「積極的政治活動」とは「自ら進んで政治活動をすること」とされており、「単に特定の政党に加入して政党員になったり、一般国民としての立場において政府や政党の政策を批判することもこれに含まれない」とされている。
従って、ある法案に対して意見を公表したり、集会等で見解を述べることは「積極的な政治活動」には該当しないと言わなければならない。
今日、裁判官といえども市民的自由が強く尊重されるべきであることは世界常識と言うべきである。
本件懲戒申立は、裁判官の自由な意見の表明を抑制し、結果として他の裁判官の市民的自由に対する不当な牽制効果を及ぼすものと言わざるを得ない。このようなことを放置すれば、裁判官の市民的自由は害され、裁判官はますます殻に閉じこもって国民から隔絶した存在になり、ひいては国民の権利が司法で守られなくなるとの不安を国民に抱かしめることになる。
寺西判事補の本発言が「積極的政治活動」として懲戒申立の対象とされることは、裁判官の自由な意見表明を封ずることになることに鑑み、当会は、今回の仙台地方裁判所による懲戒申立は極めて遺憾であることを表明するとともに、事案の問題性に鑑み、分限手続においては寺西裁判官から十分な弁明意見を聴取し憲法に照らした慎重なかつ歴史の批判に耐える適正な判断を強く望むものである。