HOME > 意見表明(2010年-2021年) > 災害ケースマネジメントの制度化を求める会長声明
災害ケースマネジメントの制度化を求める会長声明
2021年(令和3年)10月21日
兵庫県弁護士会
会 長 津 久 井 進
- 災害が相次ぎ様々な課題が浮き彫りになる中、とりわけ被災者の生活再建の遅れが目立っています。
東日本大震災以降のこの約10年を振り返って見ても、力強く復興事業が進められる一方で、損壊したままの家屋に我慢して住み続ける「在宅被災者」、劣悪な避難生活等により命を落とす「災害関連死」、先の見通しのない不安定な仮の生活を続ける「原発事故避難者」、高齢にもかかわらず転居を余儀なくされる「借上げ復興住宅居住者」、支援の手が及ばない「局所的被害」や「一部損壊」の被災者など、制度の不備、支援の不十分さに加え、申請主義の弊害等によって支援のニーズを十分にとらえきれず、多くの被災者の方々が生活困窮や貧困に陥っている現実があります。「誰一人取り残さない」というSDGsの理念に逆行する過酷な事態が繰り返されている現状を、阪神・淡路大震災の被災経験のある弁護士会としてこのまま座視することはできません。 - 近年、「災害ケースマネジメント」と呼ばれる被災者支援の手法が注目されています。災害ケースマネジメントは、被災者一人ひとりに必要な支援を行うために、被災者に寄り添い積極的にアウトリーチして個別の被災状況や生活状況などを把握し、それに合わせて様々な支援策を組み合わせたオーダーメイドの個別計画を立て、これを官民の垣根を越えて連携し実行していく支援の仕組みです。
現在の被災者支援制度は、り災証明書に基づく金銭給付が主になっています。しかし、り災証明書は住家の壊れ具合を示すものに過ぎず、心身に受けた被害、労働や生業に受けたダメージ、家庭や地域への影響等は考慮されていません。こうした複合的な被害こそが、先に挙げた在宅被災者や原発事故避難者のような「取り残される被災者」を生み出す原因になっていることが少なくありません。
これまでの災害からの復旧・復興の過程でも、弁護士は、一人ひとりの被災者と向き合い、個別に相談を受けることを通じてリアルな被害状況を把握し、複雑な問題点を整理した上で、支援制度に結び付けたり、福祉制度など平時の制度を活用したり、あるいは制度の改善を働き掛ける等して、生活再建を支援してきました。また、弁護士の力の及ばない課題も多いため、他の専門家と横断的に連携する近畿災害対策まちづくり支援機構を通じての活動や、災害ボランティア、NPOや諸団体、行政とも連携し、ありとあらゆる手段を駆使して解決に取り組んできたところです。
こうした一連の取り組みこそが「災害ケースマネジメント」であり、これからの被災者支援の主流になると評価されています。また、コロナ禍は災害にほかならず、コロナ禍によって傷付いた一人ひとりの市民の生活を再建するために、災害ケースマネジメントの手法を活用することが期待されています。 - 災害ケースマネジメントは、米国で2005年のハリケーンカトリーナの被災者支援のために制度化されたのが始まりです。日本では、鳥取県で2018年4月に「防災及び危機管理に関する基本条例」に盛り込まれてはじめて制度化されました。
仙台市では「被災者生活再建加速プログラム」という被災者支援施策が実施されました。熊本地震、西日本豪雨災害等の被災地でも、複合的な課題を抱える被災者に対して、災害ケースマネジメントを用いた支援が行われました(総務省行政評価局の令和2年3月31日付結果報告書「災害時の『住まい確保』等に関する行政評価・監視-被災者の生活再建支援の視点から-」等をご参照下さい。)。
災害ケースマネジメントの取り組みは、小さなボランティア団体の活動でも、弁護士会が他団体と連携して行う活動でも、地方自治体が自ら又は社会福祉団体等に委託する事業であっても実践すること自体は可能ですし、現在のところそのような形で展開されているのが実情です。
しかし、全国的に公平かつ確実に、財源をもって安定的に実施できるようにするには、やはり制度化が必要です。関西広域連合の「令和4年度 国の予算編成等に対する提案」の中でも「被災者一人ひとりに寄り添い、個々の事情に応じた生活復興プランを地域のNPO法人や専門家(弁護士、建築士、ファイナンシャルプランナー等)等と協力して策定し、専門家等によるチームで支援を行う『災害ケースマネジメント』が、被災者の生活復興に大きな効果があることから、この支援について国において制度化すること」と明記されているとおり(全国知事会の「令和4年度 国の施策並びに予算に関する提案・要望」も同旨です。)、災害ケースマネジメントの制度化が急がれているところです。 - 当会は、本年度当初より災害ケースマネジメントを提唱し、県内政党懇談会等の場でも早期制度化を呼び掛けて参りました。近畿災害対策まちづくり支援機構の一構成団体としても検討を進めているところです。
災害の発生が不可避である以上、災害に対応するための制度の充実は国政においても最優先課題と考えられます。そして、コロナ禍という災害から立ち直るため、効果的な制度の構築が急務と考えられます。
そこで、被災者の人権を回復し、生活を再建する決め手として災害ケースマネジメントを制度化することを強く求めるため、本声明を発出いたします。
以上