「建築工事の注文主は」神戸新聞 1997年8月21日掲載
執筆者:重成 薫弁護士
建築工事の契約でトラブルになることは多く、裁判ざたも珍しくありません。しかし、契約時のちょっとした注意で、争いを防げることもあります。今回は、ある工務店の経営者からの相談です。
弁護士:やあ、いらっしゃい。お仕事の方はいかがです。
相談者:いやあ、それが景気の回復もまだまだで、工事の注文を取ってくるのが大変なんです。だから、最近では全く初めてのお客さんの仕事ばかり多くなって。それで、ちょっと、、、。
弁護士:何かあったんですか。
相談者:実は、ひとつ気にかかることがあるんです。まあ、この名刺を見て下さい。
弁護士:ええっと、○○株式会社の専務取締役×××さんですか。これが注文主の方?
相談者:ええ、しばらく前に、その専務さんという方が来られて。初めてだったんですけど、簡易倉庫の建築を頼まれたんです。
弁護士:それで、何か不都合なことでもあったんですか。
相談者:いやあ、とても気さくな感じだし、いい人だとは思うんですが。
弁護士:?
相談者:実は、同業者から聞いた話では、その人は会社には籍はあるけれど、実際にはあまり会社に出ていないそうで。代表取締役でもないというし。でも、専務取締役ってなっているんだし、この名刺をもらっている以上、工事代金はこの会社からもらえますよね。
弁護士:それがね、株式会社の中で会社として契約を締結できるのは代表取締役だけなんですよ。専務とか、常務とかいっても、代表取締役でないことはあるし。この人が代表取締役かどうかも、正確なところ、この名刺だけでは判断できないんですよ。
相談者:それじゃあ、この工事の代金は会社に請求できないんですか。
弁護士:いや、必ずしもそうじゃない。この人が専務の肩書を使っているのを、会社が認めているとか、黙認しているとか・・・。
相談者:難しいんですね。
弁護士:だから、まずは契約を締結する前に、その会社の代表取締役かどうかを調べてみるようにすることです。法務局へ行って、商業登記簿謄本を取ってみればいいんですよ。
相談者:いちいち調べなきゃならないなんて、面倒ですね。
弁護士:でも、後になってトラブルになった場合のことを考えれば、それくらい何でもないでしょう。
相談者:なるほど、転ばぬ先の杖(つえ)ってわけですか。