「痴ほう者の契約-無効だが、後見の申し立ても」神戸新聞 2002年12月17日掲載
執筆者:西野 百合子弁護士
痴ほうの始まった母が300万円の絵画を購入したのですが、そのことを全く覚えていません。返品することはできますか。
弁護士:お母さんは「成年後見」を受けていますか。
相談者:いいえ。それは何ですか。
弁護士:成人であるけれど、痴ほうや精神障害で物事の是非を判断する能力(意思能力)がない人には、後見人を付けて、その人の代わりに財産管理や法律行為をしてもらうことができます。精神障害の程度がそれより軽い場合は「保佐」や「補助」になります。
相談者:後見人がいないときは、どうなりますか。
弁護士:意思能力のない人が単独でした法律行為は、法的に無効です。お母さんの痴ほうの程度はどのくらいですか。
相談者:毎日の生活は介護が必要で、記憶力が衰えて息子の私の顔さえわからず、話しかけてもトンチンカンな返事ばかりです。お金の計算ができないのに、絵画の売買なんて、本人は全然意味がわかっていません。
弁護士:それなら意思能力はありませんね。お母さんがした売買契約は無効なので、売主にそう言ってください。
相談者:300万円を払わなくてよいのですか。
弁護士:はい。ただ、絵は売り主に返さなくてはなりませんよ。
相談者:このようなことがまたあったら困ります。勝手に契約をさせないようにできませんか。
弁護士:家庭裁判所に後見開始の申し立てをするのがよいでしょう。後見人が財産を管理し、もしお母さんが勝手に契約などの法律行為をしても、簡単に取り消せます。
相談者:後見人には誰がなりますか。
弁護士:老人ホームや信託銀行などの法人にも頼めますが、同居して、面倒を見ておられるあなたが適任ですよ。
相談者:私は法律や契約のことをよく知らないので、不安です。
弁護士:財産関係が複雑であなた一人では管理が難しいのなら、費用はかかりますが、弁護士などの専門家を「後見監督人」に選任してもらい、相談しながらやるといいですね。
相談者:ところで、私もいつかぼけるかもしれません。今から後見を頼んでおけますか。
弁護士:「任意後見」といって、将来、後見が必要な状態になったときにしてもらうという契約ができます。自分で信頼する人を選べるというメリットがあります。
相談者:考えてみます。