2022(令和4年)1月27日
兵庫県弁護士会 会長 津久井 進
第1 意見書の趣旨
1 災害援護資金貸付制度を、真に被災者の生活再建支援に資する制度とするために、災害弔慰金法 114条1項 2 に基づく災害援護資金貸付の償還免除について、
(1) 市町村は、貸付けを受けた被災者が死亡した場合など同条項に該当する事由が生じたときは、積極的に償還を免除するよう運用を改めること
(2) 都道府県は、市町村が前項の償還免除をしたときは、同条2項に定めたとおり市町村に対して償還を無条件で免除すること
(3) 国は、指定都市または都道府県が、前2項の償還免除をしたときは、同条3項に定めたとおり指定都市または都道府県に対して償還を無条件で免除すること
(4) 国は、上記の運用改善がなされず、制度の目的が実現困難なときは、「被災者総合支援法案」 3 のような抜本的な制度改善を検討することをそれぞれ求める。
2 いわゆる震災障害者 4 に対する災害障害見舞金による支援を拡充するため、災害弔慰金法について、
(1) 国は、同法8条に定める「障害者」の範囲 5 を、労災障害等級表に該当する全ての者に拡張する改正を行うこと
(2) 国は、労働能力喪失率が50%を超える労災障害等級7級以上の障害者に対しては、定期給付金の支給を行う改正を行うこと
(3) 地方自治体は、震災障害者の状況を的確に把握するため、災害状況の報告に供する「災害報告取扱要領」 6 の負傷者の欄に「うち後遺障害のある者」の欄を加えること
(4) 国は、上記の改正がなされないときは、「被災者総合支援法案」のような抜本的な制度改善を検討することをそれぞれ求める。
第2 意見の理由
1 災害弔慰金法について
災害弔慰金法は、1967年(昭和42年)8月の羽越豪雨水害 7 を契機に、被災者個人に対する経済的支援の法制度がない状況を改善し、被災者の遺族への弔慰や被災者に対する生活再建支援を目的として、1973年(昭和48年)に制定された議員立法による法律である。
災害援護資金貸付制度は、自然災害により住居や家財等の物的被害を受けた場合や、世帯主が負傷した場合に、世帯の生活再建を支援するために設けられた災害弔慰金法に基づく被災者支援制度である。
また、災害障害見舞金制度は、震災等の自然災害によって重度の障害を負った者に対して、一般の社会経済活動への参加が困難となり日常生活も制限される環境下に置かれることとなった実情を勘案し、その生活環境の改善を図る一助とするために設けられた同じく災害弔慰金法に基づく被災者支援制度である。
2 災害援護資金貸付制度について
(1) 災害援護資金貸付制度については、その減免の要件・手続きを定めた災害弔慰金14条につき不合理な硬直的運用が続いたため、阪神・淡路大震災の被災者に対し深刻な影響を及ぼすと共に、被災自治体に過剰かつ無用な経済的・人的負担を強いる状況が生じていた。
そのため、当会は、2018年(平成30年)5月11日に「災害援護資金貸付の償還免除要件の緩和等を求める意見書」を発出して、制度の改善を求めていた。2019年(令和元年)6月7日に災害弔慰金法が一部改正され、部分的に改善が図られたものの、当会が求めた項目の多くは改善されないまま現在に至っている 8。
(2) 災害援護資金貸付制度は、市町村が条例に基づき被災者に貸付けを行うものであるが(災害弔慰金法10条)、その原資は都道府県が市町村に貸し付けるものとされ(同法11条)、さらに都道府県の原資の3分の2は国が都道府県に貸し付けるものとされている(同法12条)。
そのため、被災地の現場である市町村において実施する被災者支援制度ではあるものの、市町村が行う債権管理は、都道府県や国の方針に左右されることとなるのが現実である。
災害弔慰金法では、貸し付けた債務の免除の事由として、死亡、心身の重度障害、破産等の決定を定めている(同法14条)。ところが、たとえ被災者が死亡しても、市町村は膨大な人的・経済的な管理コストを投じて相続人を調査し、相続人に対して弁済を責任追及する運用をしている。免除事由に「死亡」が明記されているにもかかわらず免除を認めない運用を行っているのは、もっぱら国の方針によるものである。
すなわち、国は、災害援護資金貸付の法的性質は純然たる貸金であり、相続の対象として包括承継されるという見解を前提に、上記のとおり法文に反する運用を続けているところである 9 。
(3) しかし、災害援護資金貸付制度については、①一般法である民法における金銭消費貸借の形式を取るとしても、特別法である災害弔慰金法の規律が優先されるので、包括承継を除外する解釈は十分に成り立つこと、②そもそも被災者に対する生活再建支援のために創設された被災者支援制度であり、元々は給付を前提に検討されていた経緯があること、③貸付け対象者を自立困難な経済状況にある被災者に限定する所得制限規定があるとおり、償還の困難性は制度の中にもともと織り込み済みであって、償還免除規定の弾力的な運用が立法時に予定されていたこと、④相続人に債務を承継させることにより義務を負担する者が広がることなるが、それは債務者にとっても債権管理をする自治体にとっても新たな負担であって、被災地の復旧・復興に負の影響を及ぼすことになること、⑤貸付けが受けられる者は、災害によって物的被害を受けまたは負傷した世帯主に限定されており、世帯主が死亡した場合は新世帯主に限定して貸し出されるなど、一世帯専属性という特殊な要件が課されていること 10 、⑥被災者の生活再建支援という制度の趣旨目的から、被災者世帯に対する一身専属性を認めるのが自然な解釈であり 11 、私法上の包括承継に馴染まないと解されること、等の特殊性を考慮する必要があり、国が現在進めている解釈・運用は不合理であると考えられる。
(4) したがって、災害弔慰金法14条に定めるとおり、貸付者である市町村において、貸し付けを受けた被災者の死亡等の免除すべき事由があると認めたときは市町村の判断により債務の免除を決定し、同条2項、3項に基づいて、都道府県と国は、その原資の貸付金の免除を行うべきである。
3 震災障害見舞金について
(1) 阪神・淡路大震災では、震災から十年以上経過してから、震災障害者の存在が認識されるようになり、重度の障害を負っているにもかかわらず「復興から取り残された存在」として支援が必要であると指摘されるようになり、兵庫県や神戸市で実態調査が行われたが、およそ全てが把握されている状況にはない。
支援の対象から漏れ落ちた原因は多々あるが、法制度上の問題としては、第1に、災害弔慰金法8条で定める「障害者」が、労災障害等級第1級相当の者とされ(同条別表記載のとおり)、極めて限定的であり 12 、結果的に多くの震災障害者が支援の枠外となってしまっていること、第2に、被災自治体が被災状況を報告する「災害報告取扱要領」の負傷者の欄に後遺障害を負った者を書く欄がなく、行政の取扱いにおいて類型的な被害把握がなされていないこと、第3に、我が国の障害福祉制度がその障害の原因が先天的か後発的かによって区別せずに設定されていることから、災害により障害に陥ったことに特化した扱いが行われないため 13 、適切な福祉制度に辿り着かない場合は結果として放置されてしまうこと、などが大きいと思われる。
(2) もとより、多くの震災障害者は、震災によって突然に心身に大きなダメージを負ったにもかかわらず、障害の原因が震災であると公的には認められず、助けを求めたくても「命が助かっただけよかった」と言われて何も言えなくなる「声なき声」の被災者像の一つの典型とされ、震災障害者に対する公私の支援も乏しいことも相俟って、社会的に孤立しがちである。障害による社会生活上の支障から、災害から時間が経つにつれて復興から取り残され、立ち直った人々との格差が物心共に広がる傾向にある。
そこで、上記の原因を取り除く制度改善をする必要がある。具体的には、労働能力を喪失した障害者を広く救済すると共に、労働災害と同様の経済的支援を行うべきである。また、地方自治体においては、積極的に震災障害者を把握するための事務処理上の方策を講じるべきである。
(3) そこで、災害弔慰金法8条に定める「障害者」の範囲を、労災障害等級表に該当する者に広く拡張するとともに、労働能力喪失率が50%を超える労災障害等級7級以上の障害者に対しては、定期給付金の支給を行う改正を行うべきである。
また、地方自治体において、災害対策基本法に基づく地域防災計画で被害状況の報告に供する「災害報告取扱要領」の負傷者の欄に「うち後遺障害のある者」を加えるといった事務処理上の対策を講じるべきである。
4 被災者総合支援法案について
当会としては、上記のとおり、災害弔慰金法の運用改善及び改正によって、災害援護資金貸付制度及び災害障害見舞金の問題点の改善を求めるものであるが、災害対策及び被災者支援制度は、体系性・整合性の乏しい法制度である上、制度内容が複雑であることから、法改正は必ずしも容易ではない。そうした状況が、阪神・淡路大震災以降の制度改善においても大きな支障となっている。
こうした問題意識を受けて、関西学院大学災害復興制度研究所においては、2019年(令和元年)8月29日、災害弔慰金法、被災者生活再建支援法、災害救助法及び災害対策基本法等で定められた様々な被災者支援制度を棚卸しして、体系的かつ実務的に統合した「被災者総合支援法案」を策定・公表した 14 。その中では、一人ひとりの被災者の被災状況に応じた計画的な支援を行う災害ケースマネジメント 15 や、整合性に難があった金銭的な支援制度の体系化、震災障害者の支援制度の改善等が盛り込まれている。
そこで、本意見書で挙げた上記の災害援護資金貸付制度及び災害障害見舞金制度の速やかな改善がなされないときは、被災者総合支援法案のような抜本的な被災者支援法制の策定を行うべきである。
5 結論
以上で述べたことは、災害時における持続可能な開発目標(SDGs)の理念にも適合するものと思料されることから、当会は、意見の趣旨に記載したとおりの施策の実現を求めるものである。
以上
1 本意見書においては、災害弔慰金の支給等に関する法律(昭和四十八年法律第八十二号)を「災害弔慰金法」と略記する。
2 災害弔慰金法第14条は以下のとおりである。
(償還免除)
第十四条 市町村は、災害援護資金の貸付けを受けた者が死亡したとき、精神若しくは身体に著しい障害を受けたため災害援護資金を償還することができなくなつたと認められるとき又は破産手続開始の決定若しくは再生手続開始の決定を受けたときは、当該災害援護資金の償還未済額の全部又は一部の償還を免除することができる。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
一 災害援護資金の貸付けを受けた者が、第十六条の規定により報告を求められて、正当な理由がなく報告をせず、又は虚偽の報告をしたとき。
二 災害援護資金の貸付けを受けた者の保証人が、当該災害援護資金の償還未済額を償還することができると認められるとき。
2 都道府県は、市町村が前項の規定により災害援護資金の償還を免除したときは、当該市町村に対し、その免除した金額に相当する額の貸付金の償還を免除するものとする。
3 国は、指定都市又は都道府県が第一項又は前項の規定により災害援護資金又は貸付金の償還を免除したときは、当該指定都市又は都道府県に対し、その免除した金額の三分の二に相当する額の貸付金の償還を免除するものとする。
3 「被災者総合支援法案」は、関西学院大学災害復興制度研究所のホームページを参照されたい。https://www.kwansei.ac.jp/fukkou/publications/other/detail/24
4 震災によって負傷し、心身に後遺障害を負うことになった者を「震災障害者」という。本意見書においては、災害弔慰金法8条に基づく災害障害見舞金の支給を受けた者に限定せず、広く震災に起因して後遺障害を負った者を意味する。なお、震災以外の自然災害を原因として負傷して後遺障害を負った者を「災害障害者」と呼ぶことがあるが、本意見書で意味するところは同じである。
5 災害弔慰金法第8 条は以下のとおりである。
(災害障害見舞金の支給)
第八条 市町村は、条例の定めるところにより、災害により負傷し、又は疾病にかかり、治つたとき(その症状が固定したときを含む。)に精神又は身体に別表に掲げる程度の障害がある住民(次項において「障害者」という。)に対し、災害障害見舞金の支給を行うことができる。
2 災害障害見舞金の額は、障害者一人当たり二百五十万円を超えない範囲内で障害者のその世帯における生計維持の状況を勘案して政令で定める額以内とする。
6 「災害報告取扱要領」(昭和45年4月10日付け消防防第246号)は、災害対策基本法に基づく報告も兼ねており、災害関連死者数の人数も並記されている。
7 羽越豪雨水害は、1967年(昭和42年)8月28日頃、新潟県及び山形県で発生した集中豪雨であり、死者・行方不明者が138人(消防白書発表)に及び、当時戦後最悪の被害とされた激甚災害である。
8 同意見書で求めていた事項は、①免除の対象者に、破産・民事再生の債務者、生活保護受給者、これに準ずる低所得者を加えること、②相続人と連帯保証人の債務は免除すること、③国が市町村の判断を尊重すること、④今後は無利子、保証人不要とする制度に改善すべきこと、であった。このうち、令和元年改正で、①のうち破産等決定の債務者が加わり、②阪神・淡路大震災については一定の範囲の保証債務の免除は認められたが、その余は改善されていない。
9 この政府の見解は、仙台弁護士会2021年12月23日「災害援護資金貸付の免除に関する意見書」の第2の2項のほか、藤原崇著「災害援護資金貸付制度とその立法的解決」(第一法規)107頁等に示されている。
10 災害援護資金の貸付対象者については、災害救助実務研究会編著「災害弔慰金等関係法令通知集(平成26年度版)」87頁以下に具体例が示されている。
11 被災者支援制度として、各種支援金や義援金等の支給対象者には、被災していない相続人を含まないものとするのが一般であり、支給については一身専属的であるにもかかわらず、義務については一身専属的でないと考えるのは、法解釈上の均衡を失すると考えられる。
12 阪神・淡路大震災では、災害障害見舞金が支給されたのは、重症者1万0494人中わずか61人のみであった(朝日新聞2022年1月10日記事)。
13 交通事故や労働災害については、賠償制度や労災補償保険制度などがあるが、
自然災害の場合は災害弔慰金法が唯一の制度である。
14 https://www.kwansei.ac.jp/fukkou/publications/other/detail/24
15 当会の2021年(令和3年)10月21日付「災害ケースマネジメントの制
度化を求める会長声明」参照。