2022年2月24日
兵庫県弁護士会 会長 津久井 進
第1 意見の趣旨
兵庫県に対し、障害者総合支援法に基づく介護給付費等の支給決定処分に係る審査請求手続に関し、以下のとおり、抜本的な改善を求める。
1 審理の短縮化や効率化を図るため、標準審理期間を定めて、これを公にし、また、審理手続の計画的遂行を実施し、審理の併合や分離、審理手続の終結などの規定が積極的に活用されるべきである。
2 審理員は、弁護士など行政不服審査手続に関する法的知識を有する者に担わせるべきである。
3 第三者諮問機関を、現状の兵庫県障害福祉審議会から、兵庫県行政不服審査会に変更する条例改正をするべきである。
4 仮に第三者諮問機関を現状の兵庫県障害福祉審議会に担わせるにしても、行政不服審査法が求める手続保障が適正かつ確実に実施されるように、兵庫県障害福祉審議会条例に以下を規定するべきである。
① 審査庁が兵庫県障害福祉審議会に諮問をした旨の通知及び審理員意見書の写しの審査請求人への送付
② 兵庫県障害福祉審議会での審査請求人意見陳述
③ 兵庫県障害福祉審議会への審査請求人主張書面の提出
④ 兵庫県障害福祉審議会に提出された主張書面や資料の閲覧及び交付
⑤ 審査請求人への答申書の写しの送付及び答申内容の公表
第2 意見の理由
1 審理期間の短縮化や効率化が図られるべきであること
(1) 兵庫県における障害者の介護給付費等の支給決定処分に係る審査請求手続事案において、以下のとおり、審理手続が徒に長期化していると思われる事例が散見される(当会高齢者障害者支援センター運営委員会調べ)。
・請求から2年以上経過した後に裁決に至っている事案
・請求から3年以上経過しているにもかかわらず、未だに裁決に至っていない事案
・請求人が必要な主張を尽くしているにもかかわらず、1年ないし1年半以上進展のない事案
・審理手続きにおける請求人の口頭意見陳述を経たにもかかわらず、2年近く進展のない事案
・審理員から処分庁に対し、弁明書の提出期限を設定しておきながら、その期限を1年ないし1年半近く超過した後に、処分庁からの弁明書の提出がなされている事案
(2) 行政不服審査は、「国民が簡易迅速かつ公正な手続の下で広く行政庁に対する不服申立てをすることができるための制度」(行政不服審査法1条1項。以下、行政不服審査法を「法」という)である。法は、この趣旨から、行政庁に標準審理期間を定めるよう努めることを求め、これを定めたときには公にする義務を課している(法16条)。
そして、多くの地方公共団体において、標準審理期間が定められ、公にされている。例えば、兵庫県内の地方公共団体の例で言えば、神戸市では1年、宝塚市や伊丹市では6か月とする標準審理期間の定めがある。
しかし、兵庫県では、障害者の介護給付費等の支給決定処分に係る審査請求手続を含め、全ての審査請求手続に関して標準審理期間を定めていない。上述のとおり、審理手続が徒に長期化していると考えられる例が散見されるが、これは、兵庫県が標準審理期間を定めていないことが影響しているものと考える。
そこで、兵庫県においては、簡易迅速という法の趣旨に合致した運用をするため、法16条に基づき、標準審理期間を定めて公にし、審理期間の短縮化が図られるべきである。また、審理員においては、法28条及び法37条に基づき審理手続の計画的遂行を積極的に実施するべきである。加えて、法39条に基づく審理の併合や分離、法41条に基づく審理手続の終結などの規定を活用し、審理の効率化も図られるべきである。
2 審理員は弁護士など行政不服審査手続に関する法的知識を有する者に担わせるべきであること
(1) 審理の効率化のためには、手続を主宰する審理員が機能していなければならない。
しかしながら、前述のとおり、審理手続が徒に長期化している例が散見されることからすると、審理員が機能不全に陥っているのではないかと考えられる。兵庫県では、審理員は、県職員である担当課の副課長の職にある者または班長の職にある者が指名されているのが実情である。他の業務もこなしながら、審理員としての職務にも従事しているのであり、審理手続に専念できる状況にあるとは言えない。
(2) また、審理員として法的知識が不十分ではないかと思われる例も見受けられる。
この点、兵庫県知事が、平成31年3月27日、原処分の理由附記の不備が主たる審査請求理由であった事案に関し、当該審査請求理由に対して判断をすることなく棄却裁決(以下、「本件裁決」という)をした事例がある。この事例で、審査請求人は、令和元年9月20日、本件裁決に関し、理由附記の不備に対する判断の遺脱という手続的瑕疵があったことを理由に、神戸地方裁判所に兵庫県を被告とする裁決取消の訴えを提起した(以下、「本件訴訟」という)。これに対し、神戸地方裁判所は、令和2年10月22日、本件裁決には判断の遺脱があり、手続的瑕疵があるとし、本件裁決を取り消した。
本件裁決に係る審理員意見書には、原処分の理由附記の不備について、「審査請求人が納得のいくよう、丁寧に説明する必要があったと考える」と指摘するにとどまり、裁判例や過去の同種事案を踏まえ、理由附記の不備が裁決に及ぼす影響等については検討されていなかった。
法42条1項によれば、審理員意見書をもとに裁決を出すことが予定されている。審理員は、審理員意見書において、裁決に瑕疵が生じないように適切な意見を述べるべき立場にある。
当該事案の審理員が、必要な法的知識に基づき適切な審理員意見書を作成していれば、理由付記の不備について判断を遺脱した裁決に至ることはなかったのではないかと考えられる。
(3) 審査請求は、法律上の争訟に対する準司法手続であり、審理員には、言うまでもなく、法的素養が必要となる。また、審理員には、簡易迅速で公正な手続の主宰者としての力量も求められるところである。
ところが、行政の担当課の職員が、他の通常業務と併行して複数の審査請求案件を処理することは、時間的にも労力的にも負担が重いはずである。
この点、審理員に弁護士を活用する例がある。例えば、横浜市や堺市などでは、自治体で雇用している組織内弁護士を審理員に指名している。また、尼崎市や伊丹市などでは、弁護士に外部委託して審理員の職務を担わせる運用をしている。さらに、東京都中野区や小樽市など、審理員の資格として、弁護士の資格を有することを規則や要綱等で定めている例もある。
兵庫県においても、このような他の自治体の例を参考に、審理員には、弁護士など行政不服審査に関する法的知識を有する者に担わせるべきである。
3 第三者諮問機関を兵庫県障害福祉審議会から兵庫県行政不服審査会に変更する条例改正をするべきこと
(1) 兵庫県では、一般の行政処分に関する審査請求に関しては、第三者諮問機関として、兵庫県行政不服審査会が設置されている。
もっとも、障害者の介護給付費等の支給決定処分に係る審査請求に関しては、兵庫県行政不服審査会ではなく、兵庫県障害福祉審議会に諮問されることになっている(法43条1項2号、兵庫県障害福祉審議会条例2条3号)。法43条1項2号の趣旨は、その専門領域に鑑み、専門性を有する審議会等が第三者諮問機関として関与した方が、より適切な答申等ができ、よりよい裁決に至ることを期待するものである。
(2) しかしながら、兵庫県障害福祉審議会が、行政不服審査手続との関係で、どの程度機能しているのか疑問である。 この点、当会会員が中心となって、審査請求手続に係る兵庫県障害福祉審議会の議事内容や答申書等を情報公開請求したところ、答申書等が「不存在」であるとして不開示決定となった事例や、議事録についても簡易な要点のみの記載であり、同審議会において実質的な議論が行われたのか疑われる事例があった[1]。
また、上記2(2)で指摘した本件訴訟の事例においても、兵庫県障害福祉審議会が第三者諮問機関として諮問を受けていた。同審議会が、第三者諮問機関として、審査庁より諮問を受けた審理員意見書を法的な観点からチェックし、その不備や不足等を指摘する適切な答申を行っていれば、本件裁決における判断の遺脱を防げた可能性は高い。
さらに、本件訴訟の係属中、兵庫県知事は、審査請求人が本件訴訟を提起した後の同年12月26日、本件裁決を職権で取り消し、新たな裁決を行った上で、訴えの利益がなくなった旨を主張した。この点について、神戸地方裁判所は、審査請求に対する裁決は実質的には法律上の争訟を裁判するものであるから、裁決行政庁自ら本件裁決を取り消すことはできないとし(最高裁昭和29年1月21日第一小法廷判決・民集8巻1号102頁)、兵庫県知事による本件裁決の職権取り消しは無効であると判示した。裁決の職権取り消しは、裁決の本質から認められる効果である不可変更力に反するものであることからすると(上記最判)、審査庁において、法律上の根拠なく職権取り消しが行われたことは明らかである。そして、本件裁決の職権取り消しについて事前に諮問を受け、同職権取り消しを認める答申を行っていた兵庫県障害福祉審議会は、判断を誤ったことになる。
このように、兵庫県障害福祉審議会は、審査庁からの諮問に対して、第三者諮問機関として適切な答申を行うという機能を果たしているのか疑問があるところである。 (3) 国の行政不服審査会は、「行政の自己反省機能を高め、より客観的かつ公正な判断が得られるよう、…優れた識見を有する委員で構成され、法令解釈に関する行政庁の通達に拘束されずに、違法または不当について調査審議を行う処分庁又はその上級行政庁以外の第三者機関が、審理に関与することを制度化する」目的で設置されている(総務省行政不服審査制度検討会最終報告第6章1)。地方公共団体に設置される行政不服審査会においても、この趣旨は妥当する(法81条1項参照)。
この趣旨から、現に多くの地方公共団体において、行政不服審査会の委員に、弁護士や行政法学者が任命されている。兵庫県でも、同県行政不服審査会については、9名の委員のうち、3名が行政法学者、3名が弁護士である(なお、残りの3名は、行政経験者である)。
他方で、実情として、兵庫県障害福祉審議会の委員には、審査請求事案を担当する特別委員が2名おり、弁護士1名および障害福祉分野の学者1名で構成されている。そして、審査請求事案の諮問を受けた場合、上記特別委員2名に加えて、その都度一般委員の中から2名が選ばれ、計4名で審議が行われることになる。しかしながら、そもそも兵庫県障害福祉審議会は、障害者施策の計画的推進や調査・審議を行うために設置された機関である(障害者基本法36条参照)。つまり、本来的には、審査請求に対応するための機関ではなく、行政法に通じた弁護士等の法律家を委員とすることが当然に予定されているわけでもない。
したがって、兵庫県障害福祉審議会において、法令解釈に関する行政庁の通達に拘束されずに、違法または不当について調査審議を行い、より客観的かつ公正な判断を行うことには、おのずから限界があると思われる。上記3(2)のような事例が見受けられることを踏まえると、兵庫県障害福祉審議会は、行政不服審査会に代わる第三者諮問機関として機能しているのか大いに疑問がある。
(4) また、兵庫県障害福祉審議会が第三者諮問機関に指定されていることにより、法43条3項および法74条ないし法79条の適用が排除されている(後述)。これにより、審理員意見書が審査請求人に送付されず、また、兵庫県障害福祉審議会における審査請求人の口頭意見陳述、主張書面提出および資料閲覧の機会がないなど、手続保障が極めて不十分な現状にある。 (5) 上記3(1)に記載したように、障害者の介護給付費等の支給決定処分に係る審査請求手続について、兵庫県障害福祉審議会を第三者諮問機関としている理由は、障害福祉分野の専門性を担保することを期待するものと考えられる。しかしながら、行政法上の見地から、客観的かつ公正に違法または不当の判断を行うという本来の第三者諮問機関としての機能が十分に果たされていないと考えられることから、障害者の介護給付費等の支給決定処分に係る審査請求手続について、例外的に兵庫県障害福祉審議会に諮問するのではなく、法の規定する原則にしたがい、一般の行政処分に関する審査請求と同様に、兵庫県行政不服審査会に諮問されるように条例改正が行われるべきである。
4 兵庫県障害福祉審議会に諮問されるにしても、手続保障を講じるべきこと
兵庫県障害福祉審議会は、行政不服審査会に代わる第三者諮問機関として位置づけられているのであり、同審議会に諮問されることによって、法の定める手続保障の趣旨が後退することが許容されるわけではない。
上記3(2)に記載した本件訴訟における理由附記の不備に関する判断の遺脱および無効な職権取り消しについても、仮に兵庫県障害福祉審議会における審査請求人の手続保障が担保されていれば、審査請求人が審理員意見書をチェックしたり、兵庫県障害福祉審議会に対して主張や意見を述べたりすること等を通じて、本件裁決に係る兵庫県障害福祉審議会の答申ひいては本件裁決の瑕疵を、未然に防止できた可能性も存在する。
したがって、仮に、障害者の介護給付費等の支給決定処分に係る審査請求について、兵庫県障害福祉審議会に諮問されるにしても、以下の規定を、兵庫県障害福祉審議会条例に定めるべきである。
① 審査庁が兵庫県障害福祉審議会に諮問をした旨の通知及び審理員意見書の写しの審査請求人への送付(法43条3項)
② 兵庫県障害福祉審議会での審査請求人意見陳述(法75条1項)
③ 兵庫県障害福祉審議会への審査請求人主張書面の提出(法76条)
④ 兵庫県障害福祉審議会に提出された主張書面や資料の閲覧及び交付(法78条1項)
⑤ 審査請求人への答申書の写しの送付及び答申内容の公表(法79条)
なお、当会は、兵庫県に対し、行政法の見識を有する適切な委員の推薦および派遣等につき最大限協力する所存である。
[1] 当会会員および関係者が、複数の審査請求事案(全5件)について、兵庫県障害福祉審議会に対して情報公開請求を行ったところ、5件中4件の事案について、同審議会の議決書や、同審議会から審査庁に対して諮問に対する審議結果を通知する答申書は「不存在」として開示されなかった。また、開示された審議会の議事録について、例えば、全5頁にわたる審理員意見書および相当枚数の事件記録が審議会に提出されている事案であるにもかかわらず、審議会の各委員が、1行程度の発言しかしていないことになっており(委員の発言部分は、全体でわずかに8行に収められている)、ほとんど議論がなされていないのではないかという疑いすらもつ事案が存在する。
答申書は「不存在」として開示されなかった。また、開示された審議会の議事録について、例えば、全5頁にわたる審理員意見書および相当枚数の事件記録が審議会に提出されている事案であるにもかかわらず、審議会の各委員が、1行程度の発言しかしていないことになっており(委員の発言部分は、全体でわずかに8行に収められている)、ほとんど議論がなされていないのではないかという疑いすらもつ事案が存在する。
以上