2022年7月22日
兵庫県弁護士会 会長 中 上 幹 雄
第1 意見の趣旨
1 総務省、消費者庁及び消費者委員会は、①ソーシャルネットワーキングサービス(以下、「SNS」という)が詐欺行為や消費者被害(以下、「詐欺行為等」という。)の誘引手段として使用されている実態、②特に利用者の登録時に本人確認を十分に実施していないSNSが詐欺行為等の誘引手段として多用されている実態、③SNS事業者による本人確認記録の保管状況、④SNS利用者を特定する情報について弁護士法23条の2に基づく照会がされた場合のSNS事業者の対応状況等を調査するよう求める。
2 総務省は、第1項記載の調査を踏まえ、SNS事業者の本人確認義務の導入、SNS利用者を特定する情報の照会に対してSNS事業者が適切な対応をするための対策及びSNS事業者の適切な本人確認記録の保管義務の導入等、民事裁判・交渉における相手方特定のための実効性ある措置を検討するよう求める。
3 消費者庁及び消費者委員会は、第1項記載の調査を踏まえ、総務省に対し第2項記載の実効性ある措置を速やかに講じるよう適切な働きかけ又は意見表明の実施を検討することを求める。
第2 意見の理由
1 はじめに
通信環境のグローバル化、情報通信技術の高度化、スマートフォンの普及等に伴い、LINE、Facebook、Instagram、Twitterなど様々なSNSが登場・発展してきた。SNSの利用者数は増加の一途をたどり、SNSは生活に欠かせないコミュニケーションツールとして、社会的に極めて重要な役割を果たすようになっている。
しかし、SNSがこうした急速な発展を遂げている一方で、①SNS事業者による本人確認規制は不十分なままであるため、②SNSの匿名性を悪用し、SNSが詐欺行為等に使用される事件が多発し、③多くの事案において被害回復がなされないままとなっている。
本意見書は、こうした実態(①②③)があることを明らかにした上で、今後、各関係機関において、速やかに実態を調査の上、SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための実効性ある措置を検討する必要がある点について詳述し、もって、上記意見の趣旨の理由を述べるものである。
2 SNS事業者に対する本人確認規制が不十分であること
⑴ SNS事業者における本人確認の実態(本人確認が不十分であること)について
現在、多種多様なSNSが利用されているが、このうちLINE株式会社(以下、「LINE社」という。)が提供する「LINE」(以下、「LINE」という。)は、文字メッセージのみならず音声通話によるコミュニケーション機能が無料で利用でき、その利用者数は2021年6月時点で月間8900万人に上るとされている。[1]
そこで、以下では、日本国内で最大規模のコミュニケーションアプリであるLINEを例にとり、LINEにおける本人確認の実態について説明する。
ア 住所・生年月日のみならず名前(実名)の登録も不要であること
LINEのアプリケーションを導入する際には、住所・生年月日など属性情報の入力は不要であり、公的な本人確認書類による確認もないため、本人確認がされているとは評価できない(但し、LINE Payを用いる際には事業者の債権回収のため本人確認が必要とされているが、この点は措く。)。
なお、名前の入力は必要であり、この名前はメッセージ画面において他者に対しても表示されるものであるが、入力する名前は実名である必要はなく、ニックネームでもよい。また、いつでも変更できてしまうため、名前を入力したからといって本人確認をしたことにはならない。
イ 電話番号の登録及びSMS認証では本人確認として不十分であること
LINEの新規登録の方法について、2020(令和2)年4月上旬頃までは、Facebookログインによる新規登録が認められており、LINEの新規登録における電話番号登録及びSMS認証は不要であった。[2]
現在は、LINEに新規登録するには、電話番号の登録及びSMS認証[3]が必要となった。しかし、電話番号の登録及びSMS認証が必要となったのは、2020(令和2)年4月上旬頃以降の新規登録者のみであり、これ以前にFacebookアカウントを利用してLINEアカウントを登録して利用中の場合は、電話番号の登録及びSMS認証は必要とされていない。
また、SMS認証は、LINEの新規登録希望者が、電話番号に対応した携帯電話を所持していることのみを保証するものであり、LINEの新規登録希望者と当該携帯電話を所持している契約者の一致を保証するものではない。
そして、昨今、いわゆるSMS認証代行業者の存在が問題視されており、サイバーセキュリティ政策会議が、SMS認証代行業者を含む犯罪インフラ提供事業者の摘発強化を提言したり[4]、警察庁が都道府県警察に対しSMS認証代行を含む犯罪インフラ提供事業者に対する取締りの強化を指示しているなどの現状[5]に鑑みれば、SMS認証を実施しているとしても、当該携帯電話の契約者(=SMS認証代行業者)とSNSの実際の利用者(=LINEでやりとりをしている相手方)が一致するとは限らず、本人確認としては不十分であるといわざるを得ない。
さらに、LINEでは、登録された電話番号が他者に表示されることはないため、LINEの利用者は、相手方の電話番号を知ることはできず、相手方の名前しか知り得ない。そして、表示される名前も多くの場合実名ではないから、相手方は自らの身元を完全に秘匿したまま、LINEの利用者とやりとりを行うことができるのである。
ウ 小括
このように、LINEの導入には、住所・生年月日のみならず名前(実名)の登録すらも不要であり、現在、LINEへの新規登録を行うには、電話番号の登録及びSMS認証が必要であるものの、前記のとおりSMS認証のみでは本人確認として不十分である。
また、登録電話番号が他者に表示されることもないため、LINEは他者に対して自らの身元を秘匿したままコミュニケーション機能を利用できる仕組みとなっている。
そして、こうした本人確認が不十分である実態は、LINE社のみならず、多くのSNS事業者に共通しているのが現状である。
⑵ SNS事業者に対する本人確認規制が不十分であること
前記のとおり、LINE社を含む多くのSNS事業者の本人確認は不十分であるといわざるを得ないが、現在の取締法規上はそのことを規制する条文はないと考えられる。
まず、LINE社を含む多くのSNS事業者は、電気通信事業法に規定される電気通信事業者として電気通信事業の届出を行っているが、同法上、本人確認義務は課されていない。
また、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認及び携帯音声役務の不正な利用の防止に関する法律(以下「携帯電話不正利用防止法」という。)は、「携帯音声通信事業者」に対し本人確認義務を課している(同法3条1項、2条3項)が、LINE等のSNSは、音声を送受信する携帯電話の無線回線を利用するのではなく、インターネット回線によるデータ通信を音声に転換するアプリケーションソフトを利用して音声通話を行う仕組みであるから、「携帯音声通信」には該当せず(同法2条1項)、LINE社は「携帯音声通信事業者」に該当せず、同法に基づく本人確認義務は課せられない。
また、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯罪収益移転防止法」という。)は、電話受付代行業者・電話転送サービス事業者等を特定事業者として本人確認義務を課している(同法2条2項44号)が、LINE等のSNSは電話回線を利用しない通話であるため同法の特定事業者には当たらないと解される。
このように、SNS事業者の本人確認が不十分であるのは、そもそもSNS事業者に対する本人確認規制が不十分であることに起因していると考えられる。
3 SNSが犯罪に使用されている実態について
⑴ 携帯電話等に代わりSNSが犯罪ツールとして用いられるようになっていること
ア かつての犯罪ツールであった携帯電話等に対して規制が強化された経緯について
かつて、振り込め詐欺等の特殊詐欺において、匿名で契約された携帯電話が多用され、多くの被害を生み出していた。そのため、携帯電話不正利用防止法が成立し(平成18年4月施行)、携帯電話事業者に契約者の本人確認を身分証明書等で行うことが義務づけられ、その後も同法の改正によりレンタル携帯電話業者などが規制対象に加えられるなどした(平成20年12月施行)。
その後、本人確認義務がなかった電話転送サービスが詐欺行為等のツールとして利用されるようになると、電話転送サービスについても、犯罪収益移転防止法が改正され、本人確認義務が課せられるようになった(平成25年4月施行)。[6]
このように、携帯電話等は、かつては詐欺行為等のツールとして使用されていたが、本人確認規制が強化された現在においては、犯罪者らの匿名性を維持できないものとなり、ツールとしての有用性が失われつつある。
イ 携帯電話等よりもSNSが詐欺行為等に用いられつつあることについて
他方、前記のとおり、SNS事業者による本人確認は不十分であり、また、SNS事業者に対する本人確認規制も不十分なままにある。
この点、警察庁生活安全局生活経済対策管理官作成の「令和2年における生活経済事犯の検挙状況等について」[7]によれば、生活経済部門が携帯音声通信事業者に対して契約者確認の求め(携帯電話不正利用防止法8条)を行った件数は以下のとおり大きく減少している(同書34頁)。
平成28年 7,186件
平成29年 3,394件
平成30年 2,612件
令和 1年 1,955件
令和 2年 1,823件
他方で、「平成29年における生活経済事犯の検挙状況等について」[8](8頁)では、SNSを利用した組織的詐欺等事件の報告が、「平成30年における生活経済事犯の検挙状況等について」[9](8頁)では、SNSを利用したエステ契約に係る詐欺事件についての報告が、「令和元年における生活経済事犯の検挙状況等について」[10](7頁)では、SNSを利用した仮想通貨(暗号資産)投資名下の詐欺事件の報告が、「令和2年における生活経済事犯の検挙状況等について」(6頁、12頁)では、SNSを利用した金融商品取引法違反事件や出資法違反等事件についての報告がなされるようになっており、詐欺行為等に及ぶ者たちは、本人確認規制が強化され匿名性を維持できなくなってしまった携帯電話等よりも、本人確認が不十分で匿名性を維持できるSNSをツールとして用いるようになっていると考えられる。
⑵ LINEが詐欺行為等に利用されている実態について
ア SNSが犯罪ツールとして用いられている事案が多発していること
こうした詐欺行為等のツールの変遷という背景もあり、昨今、SNSやマッチングアプリ、外国語学習アプリなどをきっかけに、海外のFX・仮想通貨(暗号資産)取引所への投資を促されたり、遺産の受取りを促される等して、金銭や仮想通貨(暗号資産)を詐取される被害が増加傾向にある。中には、恋愛感情を絡ませて金銭等を詐取する「ロマンス詐欺」と呼ばれる悪質な詐欺被害もある。
この点、消費者のデジタル化への対応に関する検討会による「消費者のデジタル化への対応に関する検討会報告書」(32頁~33頁)[11]においても、「SNSで知り合った相手からの誘いがきっかけとなるトラブル」として「情報商材や副業・投資・マルチ商法などのいわゆるもうけ話に関する事例と、交際相手をマッチングする出会い系サイトなどの出会い系に関する事例が多」いと報告し、また、その具体的な手口を以下のとおり報告している。
「 手口としては、①消費者のSNS上の投稿やコメントを見た相手から連絡が来る事例、例えば、SNS上に消費者が洋服の写真などを自分で撮って載せていたところ「あなたは才能がある」、「この洋服を転売するビジネスに向いている」と誘われだまされるケースのほか、②相手の投稿・コメントを見て相手に興味・関心を持った消費者が自ら連絡してだまされる事例、例えば交際への期待を抱かせるコメントを送ってきた相手に連絡してだまされるケースがある。
その結果、もうけ話に関する事例では「情報商材など高額な契約を結ばされたが実際にはもうからない」、出会い系に関する事例では「家族にばれないように秘匿性のあるサイトでやり取りしたいとの口実でサイトの登録料や利用料を支払わされたが、その後連絡が取れなくなった」といったトラブルが起きている。」
このような被害が多発していることから、国民生活センター等の公共機関から多くの注意喚起がなされているが[12]、未だ多くの被害が発生し続けている。
イ LINEが詐欺行為等に利用されている事案が多くを占めていること
そして、これらの被害のうち、LINEが詐欺行為等の手段として利用されている事案が非常に多くを占めている。
例えば、最初の接触や出会いは、他のSNSやマッチングアプリであったとしても、多くの事案において「LINEでやりとりしませんか?」とLINEへ誘導され、LINE上のやりとりにおいて、オンラインカジノや実体のない海外FX取引、海外先物取引、仮想通貨(暗号資産)取引などが勧誘され、相手方が指定する預金口座に振り込ませたり、仮想通貨(暗号資産)を購入させた上で送信させたりして、多くの被害が発生している。情報商材や、副業・投資・マルチ商法、投資用マンション事案等の消費者被害においても、LINEが多用されている。
LINEが詐欺行為等に利用されている事案が多いのは、LINEが日本国内で最大のシェアを占めているSNSであることから当然ともいえるが、換言すれば、LINEが詐欺行為等に利用できないような実効的ある措置を講じれば、多くの被害を防止し、あるいは、被害回復に資することができるといえる。
⑶ LINE社の公表データからもLINEが詐欺行為等に利用されている実態が裏付けられること
LINE社はHP[13]上において、捜査機関からの照会に対する情報開示の状況についてのレポートを公表している。このうち、LINEが詐欺行為等に利用されている実態を裏付けるデータとして、以下のデータが参考になる。
(日本の捜査機関がLINE社に対してした開示請求の要請件数)
2018年1月~6月 1332件[14]
2018年7月~12月 1503件[15]
2019年1月~6月 1422件[16]
2019年7月~12月 1393件[17]
2020年1月~6月 1460件[18]
2020年7月~12月 1683件[19]
これによると、LINEが何らかの犯罪に利用されたと捜査機関が認知した件数が非常に多く、増加傾向(少なくとも高止まり傾向)であることが分かる。
さらに、2020年7-12月間のレポート[20]によれば、LINE社が捜査機関からの要請に対応した事案のうち、かつて高い割合を占めていた「児童被害」「人身被害」に関連する情報開示請求が占める割合は低下傾向であるのに対し、「金銭被害」の割合は36%と増加傾向であることが分かる。
(対応した捜査機関からの要請の内訳(何に関する要請であったか))
金銭被害 | 児童被害 | 人身被害 | |
2019年7月~12月 | 21% | 32% | 19% |
2020年1月~6月 | 28% | 27% | 16% |
2020年7月~12月 | 36% | 24% | 13% |
このように、LINE社の公表データからも、LINEが詐欺行為等に利用されている実態を裏付けることができる。
4 被害の回復が困難であることについて
SNSが詐欺行為等に使用される事案は増加傾向にあり、その被害は速やかに回復されなければならない。
にもかかわらず、SNSを用いた詐欺行為等については、相手方の特定すらできず、被害回復が困難となっている。
そこで、以下、SNSのうちLINEが詐欺行為等に使用された事案を想定した上で、被害回復が困難である理由について述べる。
⑴ 詐欺行為等の相手方の利用するLINEのアカウントを特定できる情報が、被害者のLINEメッセージ画面から確認できないこと
詐欺行為等の被害者が、民事訴訟の提起や交渉を行う目的で詐欺行為等に関与した相手方を特定しようとした場合、相手方のLINEのアカウントを特定しうる情報としては、①相手方が登録した電話番号、②相手方のLINE ID又は③相手方の名前が考えられる。
しかし、①相手方の登録電話番号や②LINE IDは、被害者のメッセージ画面には表示すらされないため、被害者がそれらを確認することはできない。そもそも、②LINE IDの登録は任意であり、また、相手方のLINE IDを知らずともメッセージのやりとりはできるため、被害者は、相手方のLINE IDの登録の有無すら知らないことが多い。
また、③相手方の名前は、被害者のLINEのメッセージ画面に表示されるが、前記2⑴のとおり、この名前は実名である必要はなく、ニックネームでもよいし、名前は随時変更可能な仕様であるから、相手方を特定する情報にはなりえない。
このように、被害者が、詐欺行為等に関与した相手方を特定する情報を全く得られない事案が非常に多い。そして、このような場合は、被害者が、詐欺行為等に用いられたLINEアカウントについて、LINE社に対し、民事訴訟の提起や交渉を行う目的で、相手方を特定するための情報(電話番号やメールアドレス等)について照会しようとしても、そもそも相手方を特定するためのLINE IDすら情報を持たないことから、LINE社に対し照会を行う手掛かりすら得られず、被害回復ができない結果となる。
例えば、被害者が、詐欺行為等に関与した相手方について、「タロウ」という名前しか分からないとする。被害者が、LINE社に対して、「タロウ」という者を特定するための情報(電話番号やメールアドレス等)を照会しても、そもそも名前だけでは、LINE社が「タロウ」が誰であるかを特定できない(調査不可能)として、LINE社から報告が得られないのである。
⑵ LINE社が弁護士法23条の2に基づく照会への報告に消極的な傾向であること
ごくまれに、被害者が、詐欺行為等に関与した相手方のLINE IDを把握できている場合がある。
しかし、被害者から依頼を受けた弁護士が、弁護士法23条の2に基づき、LINEを照会先として、詐欺行為等に関与した相手方を特定するための情報(電話番号やメールアドレス等)を調査したとしても、LINE社は、弁護士法23条の2に基づく照会に対して報告することに消極的な傾向にあるため、弁護士による調査によっても、相手方を特定する情報を把握できないことがある。
例えば、他のSNSからLINEを経由し、架空の取引をさせるため仮想通貨(暗号資産)によって金員を詐取した詐欺事件において、依頼者の協力を得て、LINE IDを特定し、LINE社に対し、相手方の登録電話番号について弁護士法23条の2に基づく照会を行ったが、「諸般の事情を総合的に考慮した結果、…回答いたしかねます。」といった、何ら理由を示さずに回答を拒否した事例が存在する。
また、LINE社が、弁護士法23条の2に基づく照会に対する報告に消極的な傾向にあることから、詐欺商法の被害救済に取り組む東京都内の有志の弁護士によって結成されている東京投資被害弁護士研究会が令和3年8月2日にLINE社に対して申入書を送付したり[21]、東海地方の有志の弁護士によって結成されている名古屋投資被害弁護士研究会及びサクラサイト被害弁護団(愛知)が令和3年9月22日に申入書を送付するなどしている。
以上のように、LINE社は弁護士法23条の2に基づく照会に対する報告に消極的であるため、詐欺行為等に関与した相手方を特定できず、被害回復が図れていない状況である。
⑶ 詐欺行為等に関与した相手方がLINEアカウントを削除することにより、登録電話番号等の情報も削除されること
弁護士法23条の2に基づく照会に対し、LINE社から報告拒絶の回答書が届いた事案の中には、「対象アカウントが退会しているので調査できない」旨の回答も存在する。
仮にLINE社がこのような運用を行っているとすれば、詐欺行為等に関与する者らは、被害者から金員を詐取した後にLINEアカウントを削除してしまえば、詐欺行為者らを特定する情報は全く存在しないことになり、詐欺行為者らは容易に逃げおおせてしまうことになる。
そもそも詐欺行為者らは、詐欺行為等の証拠などを残さないように、短期間で連絡手段を変更するなどの証拠隠滅を行うのが一般的であり、詐欺行為等に使用したLINEアカウントをそのまま残しておくはずがない。
そのため、仮に、被害者が、詐欺行為等に関与した相手方のLINE IDを把握でき、弁護士法23条の2に基づく照会を行ったとしても、その間に、詐欺行為者らの側でLINEアカウントを削除してしまえば、LINE社から調査不能の回答がなされることになってしまい、結局は被害回復が不可能になってしまう。
こうした仕組みないし運用が維持されるならば、LINEが利用された詐欺行為等の場合は、被害回復できなくなるという極めて深刻な状況となる。
⑷ 照会に対する報告をしても通信の秘密を侵害するおそれはないこと
なお、仮に、LINE社が、弁護士法23条の2に基づく照会に対する報告を行った場合であっても、通信の秘密(憲法21条2項後段、電気通信事業法4条、同法179条)を侵害することにはならない点について付言する。
まず、総務省の「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン(平成29年総務省告示第152号。最終改正平成29年総務省告示第297号)の解説」3-5-1・第15条第1項についての解説部分では、弁護士法23条の2に基づく照会と通信の秘密との関係について、以下のとおり説明している。
「原則として照会に応じるべきであるが、電気通信事業者には通信の秘密を保護すべき義務もあることから、通信の秘密に属する事項(通信内容にとどまらず、通信当事者の住所・氏名、発受信場所、通信年月日等通信の構成要素及び通信回数等通信の存在の事実の有無を含む。)について提供することは原則として適当ではない。なお、個々の通信とは無関係の加入者の住所・氏名等は、通信の秘密の保護の対象外であるから、基本的に法律上の照会権限を有する者からの照会に応じることは可能である。」
携帯電話事業者(LINE社のグループ企業であるソフトバンク株式会社を含む)は、通信の秘密を守るべき電気通信事業者であるが、民事訴訟の提起や交渉のため、詐欺行為等に利用される携帯電話の契約者を特定する情報について弁護士法23条の2に基づく照会がなされた場合、契約者の住所・氏名等を報告したとしても、個々の通信の内容が推知されるものではないことから、通信の秘密の保護の対象外であるとして、報告をしている実績がある。
LINE社に対する弁護士法23条の2に基づく照会においても、携帯電話事業者に対するのと同様、民事訴訟の提起や交渉のため、詐欺行為等に関与する相手方を特定するための情報(電話番号やメールアドレス等)の開示を求めるものであり、個々の通信とは無関係であって、報告がなされたとしても、個々の通信の内容が推知されるものではない。
したがって、詐欺行為等に関与する相手方を特定するための情報は、「通信の秘密」には該当せず、LINE社が、弁護士法23条の2に基づく照会に対する報告を行ったとしても、通信の秘密を侵害するおそれはない。[22]
5 結語
⑴ 調査及び実効性ある措置の検討をする必要があること
詐欺行為等を行う者は、被害者と複数回にわたって連絡を取る必要があることから、自らの匿名性を維持できるツールは必要不可欠である。
そのため、前記のとおり、かつては匿名で契約された携帯電話や本人確認義務のなかった電話転送サービスを用いるなどしていたが、携帯電話不正利用法防止法の成立・改正や犯罪収益移転防止法改正により本人確認規制が強化されてしまい、ツールとしての有用性が失われた。
こうして、詐欺行為等に及ぶ者たちは、携帯電話等ではなく、本人確認が不十分で匿名性を維持できるSNSにツールとしての有用性を見出し、実際、LINE、Facebookやマッチングアプリなどが詐欺行為等に利用されている。
その結果、SNSの匿名性を悪用した詐欺行為等が多発し、多くの事案において被害回復がなされないままとなっている。
よって、総務省並びに消費者庁及び消費者委員会は、まず、これらの実態があることについて調査をした上で、SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための実効性ある措置を検討する必要がある。
⑵ 考えられる実効性ある措置について
SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための実効性ある措置としては、以下のような措置が考えられる。
ア SNS事業者の本人確認義務の導入など
まず、携帯電話や電話転送サービスにおいて本人確認義務を導入したことによって詐欺防止への一定の抑止効果が認められたという実績を踏まえ、SNS登録時(登録済みアカウントにあっては、今後の利用継続時)における本人確認を義務化することが不可欠である。
具体的には、SNS事業者は、利用者の電話番号のみならず氏名・住所・生年月日等を把握するべきである。また、氏名・住所・生年月日は公的な身元確認書類によって確認することが望ましい。なお、現状、電話番号の登録及びSMS認証が実施されていることが多いが、これだけでは本人確認の手段として不十分であることは2⑴で述べたとおりである。
また、規制は法規制によることが望ましい。少なくとも、業界団体による自主規制すらない現状は、早急に改善されるべきである。
イ 被害者が相手方のアカウントを特定する情報を容易に確認できるようにすること
また、SNSを用いた詐欺行為等を行う者らについて、相手方を特定し、民事訴訟等により法的責任を追及することも、被害救済と被害抑止のために必要な措置であり、そのためには、被害者が、詐欺行為等に関与した相手方のアカウントを特定する情報を容易に確認できる仕様にしなければならない。
例えば、LINEであれば、前記2⑴及び前記4⑴のとおり、被害者は、詐欺行為等に関与した相手方の名前(実名ではない)しか知らず、相手方のLINEのアカウントの特定情報(LINE IDなど)すら確認できないことが多い。
そこで、民事訴訟等により法的措置を追及できるようにするために、被害者が、SNSを用いた詐欺行為等を行う者らのアカウントを特定する情報を取得できるような体制を早急に整備されたい。具体的には、被害者からLINE社に対する通報や、被害者が依頼した弁護士からのLINE社に対する通知に基づき、LINE IDや、それに代わるLINEアカウントを特定しうる情報を開示するなど、相手方特定を可能とするような適切な措置を講ずる必要がある。
ウ 弁護士法23条の2に基づく照会に対して適切に報告することを周知すること
また、詐欺行為等に関与した相手方を特定する情報について、弁護士法23条の2に基づく照会がなされた場合、照会先に報告義務があることを踏まえ(最高裁第三小法廷平成28年10月18日判決)、照会先であるSNS事業者は、事案及び照会事項に応じて適切に報告しなければならない点を、総務省及び業界団体を通じて周知徹底させる必要がある。
エ SNS事業者の本人確認記録の適切な保管義務の導入
また、前記4⑶のとおり、詐欺行為等に関与した相手方を特定する情報について、弁護士法23条の2に基づく照会がなされたとしても、SNS事業者が同情報を早期に削除して、調査不可能として報告を拒絶してしまえば、同照会の意味がない。
そこで、犯罪収益移転防止法が定めるように、たとえ相手方がSNSのアカウントを削除したとしても、SNS事業者が同相手方の特定情報を直ちに削除することのないよう、本人確認記録の適切な保管義務等を課す必要がある。
⑶ SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための実効性ある措置を講じ、安心安全なSNSの利用環境を整えることは、利用者を詐欺行為等の危険性から保護し、被害回復に資するのみならず、危険性のあるSNSから利用者が遠ざかることを回避し、SNS事業者の利益にも資するものと考える。
よって、意見の趣旨記載のとおり、各関係機関において、速やかに実態を調査の上、適切な措置を講じて頂きたく、本意見書を提出するものである。
以上
[1] 「LINE Business Guide(2021年7〜12月期版 v3.4)」LINE株式会社 マーケティングソリューションカンパニー
[2] LINE株式会社「Facebookログインによる新規登録サービス終了のお知らせ」(2020.03.23)
[3] 「SMS認証」とは、ショートメッセージサービス(SMS)で利用者の電話番号に認証コードを通知し、当該コードを用いて認証する方式をいう。電話の所有者とSNSの利用者が一致することを確認し、他人になりすました登録を防ぐことを目的として行われる。
[4] 令和2年度 サイバーセキュリティ政策会議 報告書
[5] R3.04.22犯罪インフラ化するSMS認証代行への対策について【令和3年4月22日】警察庁
[6] 「犯罪収益移転防止管理官(JAFIC)年次報告書(平成23年)」
[7] 警察庁生活安全局生活経済対策管理官「令和2年における生活経済事犯の検挙状況等について(1、017KB)」
[8] 警察庁生活安全局生活経済対策管理官「平成29年における生活経済事犯の検挙状況等について(589KB)」
[9] 警察庁生活安全局生活経済対策管理官「平成30年における生活経済事犯の検挙状況等について(575KB)」
[10] 警察庁生活安全局生活経済対策管理官「令和元年における生活経済事犯の検挙状況等について(637KB)」
[11] 消費者のデジタル化への対応に関する検討会「消費者のデジタル化への対応に関する検討会報告書」(令和2年7月)(32頁~33頁)
[12] 【国民生活センター】
令和2年2月13日付報道発表「-愛のギフトを受け取ってほしい!?-それってもしかして「国際ロマンス詐欺」?」
令和3年2月18日付報道発表「出会い系サイトやマッチングアプリ等をきっかけとする投資詐欺にご注意を―恋話(コイバナ)がいつの間にかもうけ話に―」
【金融庁・消費者庁・警察庁】
令和3年4月7日付「暗号資産に関するトラブルにご注意ください!」
【愛知県】
令和3年4月28日付消費者トラブル情報「出会い系サイトやマッチングアプリ等をきっかけとしたFX(外国為替証拠金)取引への勧誘に要注意!」
【名古屋市】
令和3年4月21日付お知らせ「マッチングアプリなどで知り合った外国人から暗号資産(仮想通貨)やFXの投資を勧められ、被害にあったという相談が増えています!」
【日本貿易振興機構(JETRO)】
「国際的詐欺事件について(注意喚起)」
[13] https://linecorp.com/ja/security/transparency/top
[14] https://linecorp.com/ja/security/transparency/2018h1
[15] https://linecorp.com/ja/security/transparency/2018h2
[16] https://linecorp.com/ja/security/transparency/2019h1
[17] https://linecorp.com/ja/security/transparency/2019h2
[18] https://linecorp.com/ja/security/transparency/2020h1
[19] https://linecorp.com/ja/security/transparency/2020h2
[20] https://linecorp.com/ja/security/transparency/2020h2
[21] 東京投資被害弁護士研究会 https://tokyosakimonosyokenhigai.com/
[22] なお、個々の通信に密接に関係する場合であっても、被害者の救済の必要性と加害者の不利益を利益衡量し、前者が優越するときは、報告がなされるべきである。