当会は、阪神・淡路大震災により罹災し、建物を失った借地人の再築資金の融資に関し、貴公庫が、地主の承諾を原則として必要とするとの取扱を改善し、住宅再建に取り組む被災地の借地人に対し、地主の承諾がない場合でも長期の償還期間の融資を実行するなど柔軟かつ弾力的な融資を図られることを要望する。
平成七年一〇月一六日
神戸弁護士会会長 田辺 重徳
住宅金融公庫 総裁 高橋 進 殿
要望の理由
一、はじめに
- 平成七年一月一七日の阪神・淡路大震災は、多数の人々の尊い生命を奪った上、全半壊(全半焼)家屋が二〇万棟を超える未曾有の被害を惹起した。
地域住民は一瞬にして住居を失い、避難所生活や仮設住宅暮らしを余儀なくされるなど厳しい住宅事情に置かれている。
そのような中で住宅再建問題は被災地の復興にとって緊急かつ切実な課題である。
住宅再建資金の公的融資制度に対する被災地住民の期待は極めて大きく、当会は貴公庫がこれに対する諸施策を迅速に講じられたことに敬意を表するものである。 - しかしながら、当会は震災後に多数の被災者からの法律相談を受け、かつ法的紛争の解決に取り組んできた経験からして、貴公庫が現在実施している借地人への融資の取扱には以下に述べるような極めて多くの問題があり、事実上借地人への住宅資金の融資を閉ざしてしまうことになりかねないと
憂慮するものである。
二、貴公庫の借地人に対する融資の対応と特例措置の問題点
- 貴公庫は従来、借地人が借地に住宅を建設する場合に地主の承諾書の提出を融資の条件とされていたが、平成七年八月一四日付け書面で次のような取扱の方針(以下、「特例措置」という)に改められた。
記
住宅金融公庫の借地人に対する融資については、原則として地主(土地所有者)の建物再築に対する承諾書を必要とするが、地主の承諾書が得られなくても次の場合は特例として地主の承諾のあった場合と同様融資条件を満たしたこととする。
[1] 「賃貸借契約書」の原本の提示と写しの提出
[2] 既存建物の構造・面積・用途が確認できる既存建物の「(閉鎖)登記簿謄本」等の提出
[3] 融資申込日の前日までの賃料の支払いと地主の賃料受領が確認できる書類(「領収書」又は「預金通帳」等)の原本の提示と写しの提出
又は、地代の増額を要求されているために地代を供託していることが分かる「供託書」の提示と写しの提出
[4] 借地権者からの「申出書」(「住宅建設にかかる申出書」)の提出 - 2 このように右特例措置では「賃貸借契約書の原本の提示と写しの提出」を要求する。
しかし、古くからの借地契約では賃貸借契約書を作成していないものも多く、このような被災地の実情からすると、借地権の存在を証する書類としては地代の領収書等で十分であり、「賃貸借契約書の提出」まで求めることは借地人に不可能を強いるものである。 - さらに、特例措置では、「借地権者からの申出書(住宅建設にかかる申出書)の提出」を求め、この「申出書」として、借地人に「土地所有者との間にトラブルが発生していないことを申し出いたします。」との内容が記載された書面を提出させることとしている。
そして右トラブルとは「地主が承諾してくれない場合も含む」としている。
しかしながら、かかる運用は、地主の承諾が得られない限り結局融資を受けられなくさせるものである。
被災地では、借地人が再築を望み、これに対して地主が再築についての承諾料を求め、また再築建物についての地代の増額を求めて両者の間で交渉が行われているケースが多いが、地主が交渉がまとまるまで承諾書の提出を拒んでいるような場合まで「トラブル」とされ、貴公庫の融資を受けられないのであれば、借地人に著しい不利益を強いるものといえよう。
また、貴公庫の「トラブル」とはこのような場合を含まないというのであれば、右「トラブル」とは何かについて明確な基準が存しないと言わざるを得ず、とりわけ銀行等の窓口で取扱が異なり混乱を招きかねない。
このように、「借地権者からの申出書(住宅建設にかかる申出書)」の提出」の
要求は混乱を招くだけである。 - また、特例措置では前述の提出書類によって、再築予定の住宅と滅失した住宅とが構造・面積・用途のすべてにおいて同一性を有する住宅と確認できることをも融資の要件としている。
しかし、再築建物と滅失した建物との構造・面積・用途等の同一性を厳格に要求するとそのような要件に合致する再築建物はあり得なくなり、融資が実行されなくなってしまう。 - 更に、地主が承諾せず特例措置が適用される場合には、貴公庫への融資返済期間(元本据置期間も含む)は残存借地期間の範囲内に限ることを要求している。
そして、その残存借地期間は、罹災都市借地借家臨時処理法により、建物滅失で従来の借地契約上、残りの借地期間が一〇年未満であったものは同法適用後一〇年の残存借地期間に延長されたことから、これらの借地権の残存期間は一律一〇年としている。
しかし、返済期間を同法の適用で一〇年に延長された残存借地期間(同法の適用のないものは本来の残存借地期間)とされるのでは、あまりにも短く、月々の返済金額の負担が重くなりすぎるし、月々の返済金額の負担を軽くしようとすれば住宅建設資金が十分に得られない。
借地人は通常残存借地期間よりも長い耐用年数の住宅を建設して居住を継続することを希望しているし、残存借地期間が経過しても借地契約は原則として法定更新される(罹災都市借地借家臨時処理法により借地期間が一〇年に延長されても、その後更に法定更新されることは判例上確立している。)にもかかわらず、あえて残存借地期間内の返済を要求する貴公庫の扱いは無用に復興を阻害するとともに、長期の償還期間の融資により国民の住宅建設を支援するという住宅金融公庫法の本来の趣旨にも反するものである。 - 以上のように、住宅金融公庫の特例措置は、要件が厳しくかつ実情にあわないものであり、特例措置を受けることが困難である。
そのため、結局「地主の承諾を得ること」を借地人に強いる結果となっている。
三、住宅金融公庫の対応の適否
以上のような貴公庫の取扱は、地主の承諾をとっておかないと、融資金の回収が不能になるのではないかとの危惧から行われているものと思われるが、次のとおり不適切といわなければならない。
- いうまでもなく住宅金融公庫法は、国民大衆が健康で文化的な生活を営むに足りる住宅の建設および購入に必要な資金で、銀行その他一般の金融機関が融通することを困難とするものを融通することを目的とし(同法第一条)、地震など災害時についても建物再建を円滑ならしむるための特別措置(同法第一七条第六項)を認め、償還期間の延長や返済据置期間の特別制度(同法第二一条の二第一項)を設けるなど、災害によって困窮した国民を積極的に支援することとしている。被災地の住宅の再建については、貴公庫の公的融資なくしてはなしえないのであり、貴公庫の使命は重大である。債権回収に万全を期するあまり、融資に地主の承諾を必要とし、地主の承諾のない場合に前記特例措置をとるという現行の取扱は前記公的金融機関である住宅金融公庫の使命を忘れたものといわねばならない。
- そもそも現行法制度上、借地上の建物が地震により滅失した場合、借地契約がそれで終了するものではなく、借地人は借地権の残存期間において地主の承諾なく建物を再築できるものである。 貴公庫を始めとする金融機関において「地主の承諾」を融資の要件とすることは、現行法制度とは異なる取扱をするものであり、それがために被災地では却って地主と借地人との間で紛争が頻発している。即ち、借地人は貴公庫から融資を受けるためには地主から承諾を得なければならず、その際、地主が「承諾料」を求めることがあるため、紛争となり、あるいは借地人が「承諾料」の経済的負担を事実上強いられたりしているのである。
ところが、このような紛争は、借地借家非訟事件の手続きにより解決を図ることができず、当事者間で協議が整わない限り裁判手続きによっても決着をつけることができないものである。 - 貴公庫は、地主の承諾がないと借地権の存否が不明確で債権回収に支障を来すと考え、地主の承諾を要求し、そうでなくても特例措置として厳格な要件を課しているものと思われるが、少なくとも借地権の存在を証するもの(例えば地代の領収書など)で借地権が確認できれば地主の承諾がなくとも融資に応ずる取扱に変更すべきである。
借地権が借地法、借地借家法によって保護され、また、法定更新が原則とされ、罹災都市借地借家臨時処理法により一〇年に延長された借地権も更に法定更新されるとの判例があるように、借地権が強固に保護されている現行法制のもとでは、融資を実行するについても借地権の存在を確認できればそれで十分であって、あえて地主の承諾を得る必要性はない。
借地上の建物が競売された場合には、競落人は地主に承諾を求めことができ、地主が承諾しない場合は裁判所に代諾を求めることができる(借地法第九条の三、借地借家法第二〇条)ので、融資の際に地主の承諾を得ていなくても債権回収が困難となることはない。 - 以上のように貴公庫が借地人に対する融資に原則的に地主の承諾を要するとしている取扱は公的金融機関の使命、現行法制等から不適切といわなければならない。
四、結び
以上のとおり、貴公庫による借地人の建物再築に関する融資の取扱・運用は事実上借地人を貴公庫の融資から締め出すものであり、被災地の復興に大きな障害になっている。
被災地の復興上緊急かつ切実な課題である生活基盤たる住宅確保は、貴公庫はじめ金融機関の積極的支援なくしては困難である。
多くの被災者が貴公庫からの融資を頼みの綱としており、貴公庫がかかる期待に応えて、取扱を早急に改善し、被災地への柔軟かつ弾力的な融資を図られるよう強く要望する。